2008年02月03日

アイデンティティー

「祭りというものはあくまで祭りに過ぎません。そうでございましょう。華やかではありますが、それはいわば連続した行為のひとつの表象的帰結でしかないのです。真の意味は、つまり我々のアイデンティティーとしてのあしか性を確認する作業は、この行為の連続性の中にこそあるのです。祭りとはあくまでその追認行為にすぎないわけです。」

『あしか祭り』 - カンガルー日和 (講談社文庫)/村上春樹

ふむ。
単語を入れ替えるといろいろ汎用できそう。
確かに僕らはアイデンティティーというものについては、普段それほど自覚することはない。
表象的な帰結としての何かがあって、そこで初めて自分の中のそれを確認しているのかも知れない。

「ゲームというものはあくまでゲームに過ぎません。そうでございましょう。華やかではありますが、それはいわば連続した行為のひとつの表象的帰結でしかないのです。真の意味は、つまり我々のアイデンティティーとしてのガンバサポ性を確認する作業は、この行為の連続性の中にこそあるのです。ゲームとはあくまでその追認行為にすぎないわけです。」


「ガンバサポ性」てw

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この記事へのコメント
先生!僕はゲームが本質だと思います!
Posted by あさ@逃避日記 at 2008年02月03日 21:33
いや、そういう面もありますけど、普段何気ないところで「ああ、俺ってガンバがよっぽど好きなんだなぁ…」とか思うことありません?w
それこそが「アイデンティティーとしてのあしか性を確認する作業の連続性」だと思うんですけどどうでしょうw
Posted by シウヘイ at 2008年02月03日 21:41